どういえばいいのか、いえないな!

その瞬間に、ここで見たことや体験したことをみんな忘れてしまうのよ

『LIFE IS』 にまつわるあれこれ ~本体編~

そしてその日、わたしは写真集を覆うフィルムを剥ぐのです。

 

※ここから先はネタバレを含みます。というか、ほぼ写真集の描写です。

 

 

画面越しになんども見てきた表紙、思っていたよりも厚みのある実体。重み。

帯を読み、はずしてテーブルのわきに置いた。安田くんの独特な語感を整えた文字列。

ミニブックはそっけないほど爽やかな色味とサイズで、ほんのオマケみたいな顔をしていた。君は最後ね、と白い小冊子を帯の上にのせた。妙に目がはなせなかった。そっと息をつめている自分にきづいた。

 

晴れていた。空もミニブックの文字とおなじ明るい青だった。

椅子を窓ぎわにもっていき、腰かけた。

 

 

カーテンをすかした午後の陽はまだ高くて、膝の上の写真集の洋書をおもわせるデザインがただ単純に好きだな、とおもった。

カバーを外すと本体表紙には岡田さんがanan*1で「森の生命でできている十字架」と表現した景色が印刷されていて、安田くんの表情が内包しているものをおもわせた。

『LIFE IS』  

生と死の輪廻。

はやる気持ちとうらはらにそっとページをめくった。

 

 

 そこから始まる世界。白い雪と氷の世界。

それは不思議な感覚だった。たしかに知っている安田くんがいて、同時にそれはまったく知らない安田くんだった。 

無意識に指が写真をなぞった。目では追いきれない何かを探るか、未知の象形文字をたどって意味を読みとろうとしているみたいに。

サラッとした紙の感触が心地よかった。

見ても見ても尽きることがなかった。

 

切実な存在感が在った。

 

 凍えた吐息が白くもれだすのを感じるほどの寄り。

朝焼けの薄桃色の光にふちどられた輪郭とそこにある手術痕。

頼りなげで心許なさそうな後ろ姿。

 

きしむ氷、体温のない世界、自然の美しくて冷酷なすがた。

 

写真を見ながら、頬を刺す冷気や、雪をふみしめる足音と自分の鼓動しか聞こえないほどの静寂や、寄せては引く海鳴りを感じた。

それはわたしの記憶から呼びだされたものでありながら、写真の中で安田くんはたしかに、その茫漠たるかなしみのただ中をひとりで歩んでいた。

 

永遠と刹那の両方に生きていた。

 

ふとかいま見せるほほえみは知っている表情のようで安心するけれど、そのほほえみが包み隠しているのは慟哭だった。剥き出しの叫び。

雪を踏みならす乱れた靴あとと、そこにたしかにいた存在の意志と息づかいをかんじる血文字。

INCARNATION OF LOVE。

愛の化身。

 

 

 一転して漆黒の世界に白をまとった姿。圧倒的な無の中であえぐ魂。

おびえ、祈り、浮遊する魂、生への渇望と痛み。

行き先を求めて彷徨う肉体。

人工物の開口部に立って奥の暗闇をみつめている彼のその背後を埋めつくす、おびただしい数の裸の枝。生命力の萌芽。

 

彼があるひとつの集合体の表出した一部にもみえるし、彼自身の深層の底しれぬ暗さ、広がりの比喩にもみえる。

人工物は朽ちていく、うち捨てられる。

かつて生命のあったもの。かつて生命を宿したもの。

人間であること。

甘美な死。

猥雑さ。

侵入と警戒、無邪気な欲求。

生命の営み、人間の介入を許さずに連綿と受け継がれていくもの。

 

満天の星。原始の祈り、あけぼの、黎明。めぐる血。

影と焔。

横たわる姿が安らかな死を受け入れるのか、死を押しもどして生まれ変わる儀式なのか。

炎のはぜる音を聞いただろうか、熱を感じただろうか、背面から氷の冷たさが忍び寄っただろうか。

 

 

ふたたび静寂。あるいはストップモーション

初めて他の生命がもつ温もりを感じる。吐息、匂い。それまで屹立していたたったひとりの世界が他の生命に触れたとき、そっと寄りそい、安堵の表情をみせる。

笑顔、ほどけた緊張、てらいのない距離の近づけ方、純心。

風を感じた。流れていく空気と、大地の息吹をかんじた。

生きるということ。体温。

 

 

赤い衣装をまとい、世俗を引きずった表情。

しがらみや雑多に絡みつく人間の感情に嫌気がさしているようで、それでいてずっと生気に満ちている。

 変化の兆し。融解。

ふみしめる足元、長く伸びる影。

身にまとっていたものを脱ぎ捨てるところなのか、今から袖をとおすところなのか。

 

横から伸びる光にまぶしそうに目を細めて、舞うように手をのばした。

なんてことのない瞬間を美しく象る身体性。アイドルの光彩。

 

波、波、波、うちよせては引いてゆく泡立つうねり。

 

激しい表面のしたにかくした、静かな海底。

 

 

 

 

見ながらなんども涙をぬぐった。本に零して濡らしたくなかったから。

等身大の僕、等身大のただの人を見せたいと安田くんは写真集のおわりによせた文章の中に書いていた。

でも見終えて安田くん自身のことがよく解ったという気持ちには不思議とならなかった。

彼の瞳に映るもの、その口元にうかぶ哀しみ、涙の本当の理由を知ることは永遠にないんだというある種の清涼感のほうが強かった。

ただただ愛しかった。

生きている安田くんが愛しかった。

失っていたかもしれない存在が今同じ時間軸に存在していること、そもそも安田くんという存在に出会えなかったかもしれない平行世界があったこと、それでも今こうやって彼の求める表現に触れうる現実、すべてがいちどに押しよせてきて感情がのみこまれてしまいそうだった。

 

余韻をたしかめずにすぐにミニブックを手にした。

手のひらにおさまる青一色の濃淡で印刷された写真たち。

MRI画像。包帯。縫合箇所。むくんだ顔。どんな時でもレンズのむこうの撮影者に優しくむけられる笑顔。まなざし。

 

やっぱり泣いた。

泣くしかすることが無かったと言ってもいい。

すべてはわたしが安田くんというアイドルに出会う前の出来事で、すべては通り過ぎた過去たちだった。

わたしが初めて彼の歌とギターに釘づけになったとき、安田くんはもう、このすべてを形にして送りだそうと動いていた。

彼自身の葛藤や痛みを抱えながら、それを経験値と享け入れていた。

 

この一年半のあいだ、なんども安田くんが自分の病気や怪我について発する言葉にふれてきた。

そのたびに少しは理解できるような気がした自分がとても恥ずかしくなった。

わたしが捉えていたのは画面や紙のうえに並ぶ言葉の通りいっぺんの意味だけで、その内側を推しはかることなんて到底できやしないのだということを改めて知った。

何気なく読み過ごしてきたひと言に、どれだけの思いがこめられていたのか、たぶん今でも気づけやしない。

人はじぶん自身の息がつづくだけしか海に潜れないのとおなじだ。

 

 

でも安田くんは彼自身の経験をさしだして、酸素ボンベとして使ってもっと潜ってみてもいいよって言ってくれる。

 

手を貸すのではなく、導くのでもなく、こんなふうにも潜れるよって体現して見せてくれる。

彼の海ははてしなく広くて、深い。

そして、ありとあらゆる色彩に溢れている。

 

そんな安田章大さんが大好きだ。

 

*1:2020.9.23 anan No.2217 マガジンハウス