安田くんの舞台のこと
舞台の幕が降りてから三か月ちかくになる。
だれもが知る実在の天才画家フィンセント・ファン・ゴッホを安田くんが演じた舞台。
リボルバーがもち込まれたことをきっかけにゴッホの死をめぐる謎に迫ろうとする現代のオークショニア達と最期のときにむかって加速していくゴッホの世界が交差する不思議な世界はゴッホの享年37歳に呼応するように、8月15日、37回の上演ののちその幕をおろした。
観劇直後は頭も感情もぐちゃぐちゃになって、これはひとまず自分の中身を整理して落ち着いたらブログにまとめようと思ったけれど、時間がたてば経つほどわたしが観たものは何だったのか混沌としてきて、まとめるどころか手がつけられなくなった。
舞台の細かい印象なら無数に残っている。
さびしげでグロテスクなひまわりの舞台セット
安田くんの演じるゴッホの発光しているみたいな笑顔
献身的なテオと、土と生命の匂いのするゴーギャン…
立ち姿の凛としたオークショニア達が流れるように作品を描写する声
厚かましくて無邪気で腹立たしいほどに繊細で、タブローしか見えていないゴッホ
耳切り事件のあとにかすかな風のひとふきですら折れてしまいそうなほどやつれたゴッホを体現していた、安田くんの鋭利な鎖骨
客席にむけて切々と訴えかける冴の情熱に痺れ、時間も空間も超越した一瞬…
どれもが鮮やかに脳裏によみがえる。
けれどもそこで終わらない。終われない。
なにが終われないのか分からなくて、おそらくこれは自分の知識不足による消化不良だろうと思った。
率直に言ったら
「思てたんと違った」
から。
良いとか悪いとかそういう話しではなくて、単純にわたしの中のゴッホ像と重ならなかった。
わたしはもっと、鈍いというのではないけれど大股で歩くテンポみたいなものを想像していたんだと思う
ところが安田くんのゴッホは跳ぶしはねるし飛びつくしまくしたてるし、とにかく感情の激烈なうつりかわりがそのまま表面に溢れてくる。
感情表現がストレートだから甘えるのもうまい。
おもえばゴッホが甘えるところなんて想像したこともなかった。
信念や頑固さや率直な情熱や卑屈になったところを思い描いたことはあってもどんなふうに甘えるのかなんて考えたこともなかった。
それで今度は安田くんのゴッホを念頭に、あらためて『ゴッホの手紙』と『ファン・ゴッホの人生』を読みはじめた。
それがまぁ全然読み進まない。
びっくりするほど読みすすまない。
自分史上もっともページを繰るのが遅いかもしれない。
これを読んだらなにがつっかえているのか解るかもしれんのよ、読めわたし、とハッパをかけてもとにかくしんどい。
なにがしんどいってゴッホの人生の一コマ一コマが目も当てられんほどしんどい。
父親へのコンプレックス、母親との関係性が母親側からわりと早めにぶった切られているらしいところ、家族の厄介者、お荷物的な描写、裕福な伯父に期待されて入った画商ではあっという間に落ちこぼれて見放されるどころかほとんど存在そのものを嫌悪されているし、信仰にすべてをかけているかと思えば神職の勉強では箸にもかからず、それなのに常に最高の精神存在であろうとして弱っている人を見つけては嬉々として近寄っていき、かと思えばテオやベルナールに宛てた手紙ではマウントがすげぇし、マジでなんなんだよこいつ…自意識が肥大で目もあてられねぇ…しんどいよ…
って感じで三ヵ月かかってまだ上巻も読み切れていないし、なんなら今読んでいる頁でまだゴッホは絵を描き始めてもいないんです。
安田くんこんな人を取りこんでたん…?
そりゃ痩せるわ…
どうやってゴッホと共存しとったん?
しんどくなかったん?
でも安田くんのゴッホはときにあっけらかんと笑い、新妻みたいな初々しさでゴーギャンを迎え、アルルの風景のなかで幸せそうに唄っていた。
やっぱり解らない。
わっかんないなぁ
というかそもそも文章からゴッホを解ろうとするのが間違いじゃないのか。
わたしが触れることのできる文章はよくて三次資料。ゴッホが書いた、あるいはゴッホを知る誰かが残したものが研究者のフィルターを通りさらに翻訳されたもの。
下手したらそのまとめや要約だけ引用されてもはや原型をとどめないゴッホ像をなぞっていることもある。キャッチーな言葉や見出しがこれだけついて回る画家もそんなにはいない。
そんなものよりも直接ゴッホに触れられるものがあるじゃないか。
タブローがあるじゃないか。
…とは言えね、作品から感じられるもののみで完結できるほど感度がよくないので。
やっぱり情報がほしくなっちゃうってんで堂々巡りに陥るんです。
とそんなこんなで気がついたら三ヵ月経っていたんですよ怖い。
光陰矢の如し。少年老い易く学成り難し。
もうすぐ関ジャニ∞さんのアルバムが発売になるし、怒涛の雑誌祭りとテレビ出演祭りはすぐそこに迫っているし、ツアーも始まるとなれば今このタイミングで舞台について書いておかなければきっとそのままになってしまうから、本を読み終えたらというのは棚上げしてとにかく今感じていることを書いておこうと書き始めて、ここまで書いて、
どうやってもまとまりそうにないなと舞台のパンフレットを読み返してみたんですけど、あらやだ。
ここに書いてある違和感のこと、安田くんが説明してくれてた。
あらやだ。
こんな結末ってある??
なにこれわたしパンフレットの追体験したじゃん。
本を読み進めることに必死になりすぎた。
安田くんこそがわたしの一次資料なんだよ馬鹿馬鹿わたしの馬鹿!!!
ああああぁぁ
脱力した。